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体育倉庫に監禁されて
心地よい山桜の香りをのせて、春の風がふいた。
なびく長い髪は、グレーがかったうす茶色だ。
新しいセーラー服にそぐわない印象のカラーリング。
ちょっと服を買うだけでも電車に2時間も揺られなければ
ならないこの郊外では、沙耶香の髪はひときわ目立った。
パリパリの新しい制服に身を包んだ新入生たちの視線を一身に浴びて、
吉月沙耶香は、初めての校門をくぐった。
県立のさえない中学校。私立に入れるような頭がないのだからしかたがない。
半分は小学校からの持ちあがりで友達も多いのだが、沙耶香は何より
この田舎から抜け出したかった。
(あー、ダッサ…高校は絶対東京行ってやる…)
母親に怒鳴られながら決行したこの髪色は、そんな沙耶香のせめてもの
反抗だった。
自分が育った田舎への。自分の中の田舎臭さへの。
校庭には桜が満開で、ここもそう悪くないなと沙耶香は素直に思った。
見なれた顔も見え、田舎なりの楽しい中学校生活が思い浮かぶ。
不安など微塵もない。
大きな期待だけを胸に、新しい生活が始まる。
胸に花なんかつけられて、お利口そうな先輩と、新入生と、
校長となんだか会長のつまらない話が終われば晴れて新学期のスタート…。
…のはずだった。
体育館からわらわらと出てくる群衆の中、沙耶香だけがつかまる。
いかつい顔の、どこからどうみても体育教師。
(はぁ…やっぱね…)
「だからー、おばあちゃんがイギリス人で…」
ごつい顔はにこりともしない。
「ふざけるな!!明日までに黒くしてこい!!スカートも短いぞ!」
はーい、と言葉だけ素直に、沙耶香はその場を何とか切りぬけた。
(誰が染め直すか。小遣いはたいたのに…)
ふぅと小さくため息をついて小学校からの友達の輪に合流しようとした時、
後から声がかかった。
「ちょっと、あんた!」
(はぁぁ…お約束その2だよ…)
振り向くと、3人の女子が小柄な沙耶香を見下ろすように立っていた。
「うわ…」
(ダサ…!!)という言葉を寸前で飲みこむ。
3人そろいもそろって長いスカート。彼女達の髪型も
それはそれはなつかしのドラマなんかに出てきそうな代物だった。
(うわー…あれ、ワンレンっていうんだっけ。こっちはなんとか順子みたいな
頭だし…。こいつなんかおばさんパーマじゃん!)
これだから田舎は、と、呆れと笑いの混じった複雑な表情を浮かべる。
(1年のくせに…とか言うんだろうなぁ…)
「あんた、1年のくせに目立ってんじゃない?」
沙耶香いわくワンレングスの女が口を開いた。
沙耶香はふき出しそうになるのを必死でこらえて答えた。
「な…何がですかー?」
おばさんパーマが歩みよって沙耶香の髪を乱暴につかむ。
「これだよ。この茶パツ!」
「わ…イタタ・・」
アッシュだっつーの…と心で思いながら、沙耶香は従順なまま無抵抗でいた。
「これ、明日までに黒くしてきな」
おばさんパーマが沙耶香の髪をつかんだまま言う。それに
ワンレンが続いた。
「明日そのままだったら、リンチだからね」
彼女達の言葉はひとつひとつがギャグのようだった。
「は、はい…すみません…」
まだ笑うな、と自分に言い聞かせ、なんとか彼女達もやり過ごした。
解放された沙耶香は、顔が笑ってしまうのをこらえきれずに
友達の輪の中へ走っていった。
たった今の、世にも愉快な体験を聞かせに。
翌朝、沙耶香は小学校時代からの友達の絵里菜と肩を並べて
学校へ向かっていた。
「ねーサヤー。その髪大丈夫なの?きのうスケ番さんたちに
脅されたんでしょ?」
沙耶香の髪は相変わらずの色だ。
「そーそー。リンチするってね」
沙耶香は、まだ昨日のことを思い出しただけで、
ふき出しそうになってしまう。
根っからの楽天家。なんでもどうにかなるという信条で
今まで生きていた沙耶香にとって、あの程度のことは少しの
不安も呼び起こさなかった。ただ、「面白い人達」という
印象が残っているだけである。
「またー。相手はふざけてるんじゃないんだよ。
ああいう人達って怖いんだから…」
絵里菜はまるで自分が狙われているかのように辺りを見まわして
落ち付かない。
「大丈夫だってー。相手もそのうちあきらめるでしょ」
絵里菜の心配をよそに、沙耶香は能天気だ。
学校が近づいてくる。角を曲がり校門が目に入ると、
絵里菜がぴくりと何かに反応した。
「サヤ、あれ…」
絵里菜の視線を追うと、校門脇に昨日の3人の姿があった。
昨日と同じその姿は、沙耶香にも負けないくらいの目立ちようだ。
「やばいんじゃない・・?裏から入ろっか…」
絵里菜が沙耶香を引きとめるようにして後戻りしようとした。
「いいっていいって。行こ」
沙耶香は怖いものなど何もないかのようにその校門へ歩を進めた
3人のうちのひとり、おばさんパーマの少女が沙耶香の姿を目に止める。
「あずさ、あれ!」
その声に促され、沙耶香の方に目を向けたワンレンのあずさが、
ちっと小さく舌打ちをして顔をしかめる。
かまわずに校門をすり抜けようした沙耶香に、横から声がかかった。
「吉月さーん」
突然名前を呼ばれた意外さに、沙耶香は思わず足を止めた。
「あんた有名なんだねー。1年の子に聞いたらすぐわかったよ」
あずさが沙耶香を見下ろすようにそう言った。
「昨日にあんなに言ったのにねー。ちょっとこっち来てくれるー?」
ウェーブのかかったボリュームある頭の少女が沙耶香に言った。
沙耶香が、一昔前の不良少女役のタレントを思い出したあの少女である。
猫をかぶったような口調が不気味に感じられる。
「はーい。ってことだから、絵里菜、先に行っててくれる?」
沙耶香はまだ物怖じしない様子で、明るく絵里菜に告げた。
心配そうに沙耶香を見つめる絵里菜の背中を押すようにして
彼女を先に行かせ、沙耶香は素直に先輩達の後についていった。
校舎の裏手、体育倉庫は鍵がかかっておらず、あずさが扉を開けて
沙耶香を中に押しこんだ。後に続いて3人も入ってくる。
「ちょっとー、なんですかー?私別になんにもしてないんですけどー」
薄暗い倉庫の中は独特の湿った匂いがする。
「その髪染めてこいって言っただろ?」
手を伸ばして沙耶香の髪をつかもうとするあずさの手を、今度はかわして
沙耶香は答えた。
「昨日は先輩たち怖くて言えなかったんですけどー、これ地毛なんですー。
おばあちゃんがイギ…ぐっ」
鈍い音がして、沙耶香がうずくまる。沙耶香の細いすねにあずさのつま先が
飛んだのだ。
「へー、そうなんだー。でも目障りだから、黒くしろって言ってんだよ!」
再び、今度は頭を足の裏で蹴飛ばされて沙耶香はコンクリートの床に転げた。
「いてーなこの野郎!!」
自分でもびっくりするような汚い言葉が口から飛び出す。まともなケンカなど
したことがないが、運動神経には自信がある。3人を打ちのめすことは無理でも
誰か一人を突き倒したすきに逃げるくらいなら簡単だろうと思った。
しかし、振り上げた手はあっさりと宙で止まった。手首がきつく握り締められる。
その手をつかんでいるおばさんパーマの少女の膝が、沙耶香のわき腹に突き刺さった。
苦しさと痛みで涙がこみあげ、視界がくもる。
沙耶香は声も出せず、がっくりとうなだれた。
「おいおい洋子、気絶しちゃったんじゃないのー?」
「大丈夫だって。なんか動いてるから」
洋子はつかんでいた沙耶香の腕をぐいぐいと動かして、沙耶香の意識があるのを
確認した。
「ねー、明日には染めてくるんだろうねー?」
あずさが沙耶香の顔をのぞきこむ。沙耶香は、何かがつまったように苦しい喉から
吐息のような声を出し、かっくりとうなづいた。
「わかんないって。これくらいじゃあさー」
倉庫の奥で何かごそごそとしていたボリュームのある頭の少女が、
細いロープのような物を手にして戻ってきた。
「美紀子、何やって…んー?それでどうすんの?」
あずさが目を丸くする。美紀子はロープをひょいと掲げて答えた。
「カ・ン・キ・ン」
「じゃ、おとなしくしてなよ。うちら真面目におベンキョーしてくるから」
意地の悪い笑いを浮かべてあずさが言った。沙耶香の両手は後ろ手に結び合わされ、
余ったロープの先が柱に結わえつけられている。
「ね、これほどけないかなー?」
洋子が、沙耶香と柱との間のロープをびんびんとはじいた。
「私だって人縛ったりしたことないからねー。しかも
頑張ったら切れそうだね…」
あずさもロープを確かめるように両手で引っ張ってみる。
「だったらさ、ほどけても逃げられないようにしとけば?」
美紀子が沙耶香の短いスカートをめくり上げた。
他の2人が、それだ!という顔をした。美紀子はためらいもせずに、
沙耶香の脇にあるスカートのフックを外し、ファスナーを下ろした。
沙耶香は必死に抵抗するが、両手を使えない状態ではかなわない。
簡単にスカートは引き剥がされ、白い下着とそこからのびるむっちりとした
太ももがあらわになった。沙耶香は思わずしゃがみこむ。
「これでいいかな。誰か呼んで助けてもらってもいいんだよ?」
美紀子が、最後にぴしゃりと沙耶香の顔を軽くはたいて3人は出口に向かった。
「男来るかもしれないけどねー」
笑い声と共に、扉が閉まって倉庫の中はいっそう暗くなった。
沙耶香は、とりあえずロープを思いっきり引っ張ってみた。
これが切れたら顔から床に突っ込むというくらいの勢いで、体重をかけて
ロープを切ろうとする。手首にロープが食い込む。柱とロープがぎりぎりと
音を立てた。
(だめだ…)
ロープが切れる前に自分の手首がちぎれてしまいそうだ。手首同士はぎっちりと
合わせられて手先はほとんど動かせず、ロープを解くことも無理なようだった。
(誰か…女の人こないかな…)
沙耶香はぺたんと床に座り、窮屈な格好のまま自分が縛りつけられた柱に寄りかかった。
膝蹴りを入れられたわき腹が、ずきずきと脈打つ回数を数えてみる。
いーち、にーい、と数を数えてみる。1000にいかないうち、馬鹿らしくて
やめる。
暗闇の中では時間の経過すらわからない。まだ数十分だろうか。
それとも、もう2時間目くらいは終わってるのだろうか。
はあとため息をつき、いっそ誰か来るまで居眠りでもしようかと考えていたとき、
外ががやがやと騒がしくなった。誰か来る。
げらげらと甲高い笑い声やぼそぼそという話し声。どうやら男子のようだ。
沙耶香は、闇になれた目で辺りを見まわした。サッカーボールが積めこまれた
カゴが目に入る。ロープは若干の余裕があり、1メートルくらいは移動できる。
沙耶香はとっさにその陰に身を隠した。
声がひときわ近づくと、ガラガラと扉が開かれた。まぶしい光がさしこみ
少しだけ風がふく。それは汗ばんだ体に心地よくもあり、また寒気を起こさせる
ものでもあった。4~5人の男子が中に入ってくるのをカゴの陰からのぞいた。
(あ、サッカーだったらヤバイな)
そんな心配もすぐに解消され、男子たちは入り口付近からハードルを持ち出すと
すぐに扉を閉めて出ていった。ふぅと軽く息をつく。
(助けてもらえばよかったかな…でも、これだし…)
小さな下着だけの下半身を見下ろし、沙耶香はもう一度ため息をついた。
(あー、誰か来てよー。暗いよ。退屈だよー。しかもなんかトイレ行きたいしー…。
誰かー…)
もじもじと足を動かす。あの3人はいつになったら戻ってくるのだろうか。
監禁というくらいだし沙耶香を懲らしめようとしているのだから、それほど
早く来るとは思えない。
(昼休みかな。それとも放課後…)
今が何時間目だかわからないが、どちらにしてもかなり後のことのように思えた。
(あー、それまで我慢できるかな…)
次に誰か来たら男子でも助けてもらおうか。パンツ見られるよりおしっこ漏らしたほうが
恥ずかしいに決まってる。そうだ、そうしよう。
それから数十分。ハードルをしまいに来た男子生徒たちの声に、沙耶香は
扉が開く寸前に身を隠した。
(やっぱ恥ずかしいよー…)
さきほどの男子生徒たちがいなくなってから30分くらい経っただろうか。
暗闇と静寂、そして重くよどんだ空気に、なんだか気分が悪くなる。
そして限界が迫ってきた尿意。沙耶香は黙っていられず、立ち上がって
狭い範囲をうろうろと歩きまわっていた。ときおり、たまらなくなって
しゃがみこむ。その体勢でもすぐにだめになり、また立ちあがってうろうろと
さまよう。今になって、足は縛られなくてよかったと思った。
(あー…ヤバイー…どうしよ・・誰も見てないししちゃおっかな…
でもパンツ脱げないし…)
後ろに縛られた不自由な手で、なんとか下着を下ろそうとしてみる。
後ろのゴムに手がかかるが、その手はそれ以上下がらない。くねくねと
体を動かしてみたり足を股まで持ってこようとしても、全て無駄だった。
ぴかぴかのローファーのつま先で地面をなぞる。かかとで壁をけり付ける。
ぴょんぴょんと小さく跳ねてみる。下着の中で力をこめた部分が、熱く
なってきたような感じがする。いろんな動作を繰り返しているうちに、
とうとう沙耶香の力を超えるほどの波が押し寄せた。
「あぁっ…」
沙耶香は脚をきつく閉じたまましゃがみこんだ。押し寄せる波に屈服しそうになる。
びくびくと尿道が震え、溢れ出してしまいそうなものを必死で押さえこむ。
全身に力をこめて、なんとか波が引くまで我慢することができた。
(あー…ちょっと出ちゃったかも…)
じっとりと湿ったショーツは、汗なのか尿なのかわからない。
また立ち上がった膝の裏が、お漏らししてしまったのではと錯覚するほど
びしょびしょだ。
立ったりしゃがんだり、何も考えられずにばたばたと暴れている時、
突然大きな音を立てて扉が開いた。反射的に、倒れこむようにサッカーボールの
カゴの陰に飛びこんだ。床に打った体が痛んだが、できるだけ音を立てないように
息を潜めた。それでも尿意はおさまらず、芋虫のようにうねうねと体を
くねらせた。
「あはは。なんか隠れてるー」
入り口の方から聞こえたのは、聞き覚えのある声だった。
とっさにカゴの陰から立ちあがり、大きな声をあげた。
「ちょっと!これほどいてよ!」
入り口からさしこむ光に細めた目に、3人のシルエットが浮かぶ。
太ももを合わせ、前かがみで体を揺らしながら、3人に訴える。
「ねえ、これほどいてってば!」
できるだけ気丈に叫ぶが、なさけないしぐさと一緒では全く迫力がない。
その沙耶香の姿にぴんときた表情で、あずさが口を開いた。
「そっかー。何時間も閉じ込められてたらそうなるよねー」
他の2人も心得たように笑みを浮かべる。
「どうしよっか?」
洋子が二人の顔を眺めながら、沙耶香に近づいてきた。
「この辺やばいんじゃないのー?」
洋子は脚を上げて、足の裏で沙耶香の下腹部を軽く押すようにした。
「や…」
それだけでも沙耶香は力なくうしろによろめいた。
わずかな力でも沙耶香の膀胱は悲鳴を上げる。
「お願い…お願いだから…」
沙耶香は震える声で、嘆願するように言った。たまらずにその場にしゃがみこむ。
「なんかちょっとは素直になってきたねー」
美紀子が沙耶香の目の前に立ちはだかり、お腹を踏み付けた。
それほど体重はかけられないものの、沙耶香のお腹は少しの刺激でも
敏感に感じ取る。
「や…やめて…やめてください…」
バタバタと脚で床を叩き、体をくねらせる。
「別にほどいてやってもいいけどさー」
二人の後ろからあずさが声をかけた。思わぬ言葉に、沙耶香は
顔をあずさの方に向けた。
「でも、今昼休みなんだよね。グラウンドでけっこう男子とか
遊んでるけどー。そのカッコでトイレ行く?」
3人があざけるような含み笑いを漏らした。
「そんな…」
「ほどいてあげるからさー、そのカッコでグラウンド走りまわってよ」
あずさの言葉に、他の2人が笑う。
「スカート…返して…」
沙耶香の言葉に、あずさは「どこやった?」という表情で2人の顔を見、
2人は、「さあ?」という風に肩をすくめる。
「お願い…助けて…」
沙耶香は涙ぐんだ目で3人を見上げる。沙耶香の中では、表面張力によって
コップのふちより盛りあがった水のような状態まで尿意が高まっていた。
もうだめだ。背に腹は代えられない。
「このカッコでもいいから…ほどいてください…」
蚊の鳴くような声で訴える。
「おー、あんたやらしいねー。そんなカッコで外出るんだ?」
あずさがしゃがみこんで下から沙耶香の顔をのぞきこむ。
「お願い…早く、早く…」
表面張力の働いたコップが、右へ左へゆらゆらと揺れる。
水面が波立ち、ふちからほんの少しだけ水がこぼれる。温かい水が。
一瞬顔をこわばらせた沙耶香をにやにやと見つめながら、あずさが
言った。
「じゃあねー、パンツも脱いだらほどいてやるよ?」
「そ、そんな…」
泣きそうになって沙耶香はあずさを見つめた。
どうする?といった風にあずさも見つめ返す。沙耶香は目をそらしてうつむいた。
「だめかー。面白いと思ったんだけどなー」
あずさが立ち上がった。
「じゃ、もう少しそのままでいなよ」
「一回漏らしちゃえば素直になるんじゃないー?」
「でも漏らしたらそいつのロープほどくのやだー」
口々に言ってははははと笑い声を上げながら、3人は
倉庫を出ていった。
数分、必死に苦闘しながら体をうごめかす。
まもなく、こらえきれないほどの波が沙耶香を襲った
(ああぁ・・だめ…!)
ぺたんと床にへたり込み、正座のような体勢で体を前に倒す。
限界を感じた沙耶香はそのまま一瞬あきらめかけたが、体の中の
コップが倒れてしまう寸前、反射的に体勢を変えた。
脚を開いてしゃがむ。和式トイレの体勢だ。
とっさに、服や体を汚さないように慣れた体勢をとったのだ。
その瞬間、光がさした。なにが起こったのかすぐにはわからなかった
沙耶香のショーツに、じわっとあたたかい染みが広がった。
そして、起こったことを理解する。光は倉庫の入り口からだった。
しかし、さっきまでのように少しでは止まらない。死に物狂いで力をこめる。
なんだかためらうように、ぴゅっぴゅっと勢いを強めたり弱めたりしながら、
小さな音を立てておしっこが床に滴った。
「サヤ…!!??どうしたの!?」
聞きなれた声。逆光のシルエットを沙耶香は見上げることができなかった。
しかし、事を理解した瞬間からわかっていた声の持ち主。
5時間目、自分のクラスが体育だったことも合わせて思い出す。
「来ないで!ダメーー!!!」
うつむいたままで思いきり叫ぶ。
今や沙耶香のおしっこは、少しの抵抗も受けずにちょろちょろと溢れ出していた。
あんなに我慢していたのにどうしてというほどに、弱い勢いで流れ出す尿。
沙耶香に駆け寄ろうとした絵里菜が、沙耶香の様子に気付いて足を止めた。
後ろにいた数人の生徒も、絵里菜の横に出てその光景に気付く。
「沙耶香…やだ、なんで…」
「え…何…おしっこ…?」
辺りをはばかるような小さな声がいくつかあがる。
まだ止まらずに、水溜りの上に降り注いでいる尿。そのしぶきと沙耶香の
鮮やかな髪が、入り口からさしこむ光にきらきらと光った。
その髪の色が招いた悲劇。自分の髪を引きちぎりたい衝動がロープにはばまれる。
うつむいた顔の横に垂れた髪が光る。きれいに。鮮やかに。
憧れの都会のように。
桜も祝福してくれた、夢に見たこれからの新しい生活のように、きらきらと。
なびく長い髪は、グレーがかったうす茶色だ。
新しいセーラー服にそぐわない印象のカラーリング。
ちょっと服を買うだけでも電車に2時間も揺られなければ
ならないこの郊外では、沙耶香の髪はひときわ目立った。
パリパリの新しい制服に身を包んだ新入生たちの視線を一身に浴びて、
吉月沙耶香は、初めての校門をくぐった。
県立のさえない中学校。私立に入れるような頭がないのだからしかたがない。
半分は小学校からの持ちあがりで友達も多いのだが、沙耶香は何より
この田舎から抜け出したかった。
(あー、ダッサ…高校は絶対東京行ってやる…)
母親に怒鳴られながら決行したこの髪色は、そんな沙耶香のせめてもの
反抗だった。
自分が育った田舎への。自分の中の田舎臭さへの。
校庭には桜が満開で、ここもそう悪くないなと沙耶香は素直に思った。
見なれた顔も見え、田舎なりの楽しい中学校生活が思い浮かぶ。
不安など微塵もない。
大きな期待だけを胸に、新しい生活が始まる。
胸に花なんかつけられて、お利口そうな先輩と、新入生と、
校長となんだか会長のつまらない話が終われば晴れて新学期のスタート…。
…のはずだった。
体育館からわらわらと出てくる群衆の中、沙耶香だけがつかまる。
いかつい顔の、どこからどうみても体育教師。
(はぁ…やっぱね…)
「だからー、おばあちゃんがイギリス人で…」
ごつい顔はにこりともしない。
「ふざけるな!!明日までに黒くしてこい!!スカートも短いぞ!」
はーい、と言葉だけ素直に、沙耶香はその場を何とか切りぬけた。
(誰が染め直すか。小遣いはたいたのに…)
ふぅと小さくため息をついて小学校からの友達の輪に合流しようとした時、
後から声がかかった。
「ちょっと、あんた!」
(はぁぁ…お約束その2だよ…)
振り向くと、3人の女子が小柄な沙耶香を見下ろすように立っていた。
「うわ…」
(ダサ…!!)という言葉を寸前で飲みこむ。
3人そろいもそろって長いスカート。彼女達の髪型も
それはそれはなつかしのドラマなんかに出てきそうな代物だった。
(うわー…あれ、ワンレンっていうんだっけ。こっちはなんとか順子みたいな
頭だし…。こいつなんかおばさんパーマじゃん!)
これだから田舎は、と、呆れと笑いの混じった複雑な表情を浮かべる。
(1年のくせに…とか言うんだろうなぁ…)
「あんた、1年のくせに目立ってんじゃない?」
沙耶香いわくワンレングスの女が口を開いた。
沙耶香はふき出しそうになるのを必死でこらえて答えた。
「な…何がですかー?」
おばさんパーマが歩みよって沙耶香の髪を乱暴につかむ。
「これだよ。この茶パツ!」
「わ…イタタ・・」
アッシュだっつーの…と心で思いながら、沙耶香は従順なまま無抵抗でいた。
「これ、明日までに黒くしてきな」
おばさんパーマが沙耶香の髪をつかんだまま言う。それに
ワンレンが続いた。
「明日そのままだったら、リンチだからね」
彼女達の言葉はひとつひとつがギャグのようだった。
「は、はい…すみません…」
まだ笑うな、と自分に言い聞かせ、なんとか彼女達もやり過ごした。
解放された沙耶香は、顔が笑ってしまうのをこらえきれずに
友達の輪の中へ走っていった。
たった今の、世にも愉快な体験を聞かせに。
翌朝、沙耶香は小学校時代からの友達の絵里菜と肩を並べて
学校へ向かっていた。
「ねーサヤー。その髪大丈夫なの?きのうスケ番さんたちに
脅されたんでしょ?」
沙耶香の髪は相変わらずの色だ。
「そーそー。リンチするってね」
沙耶香は、まだ昨日のことを思い出しただけで、
ふき出しそうになってしまう。
根っからの楽天家。なんでもどうにかなるという信条で
今まで生きていた沙耶香にとって、あの程度のことは少しの
不安も呼び起こさなかった。ただ、「面白い人達」という
印象が残っているだけである。
「またー。相手はふざけてるんじゃないんだよ。
ああいう人達って怖いんだから…」
絵里菜はまるで自分が狙われているかのように辺りを見まわして
落ち付かない。
「大丈夫だってー。相手もそのうちあきらめるでしょ」
絵里菜の心配をよそに、沙耶香は能天気だ。
学校が近づいてくる。角を曲がり校門が目に入ると、
絵里菜がぴくりと何かに反応した。
「サヤ、あれ…」
絵里菜の視線を追うと、校門脇に昨日の3人の姿があった。
昨日と同じその姿は、沙耶香にも負けないくらいの目立ちようだ。
「やばいんじゃない・・?裏から入ろっか…」
絵里菜が沙耶香を引きとめるようにして後戻りしようとした。
「いいっていいって。行こ」
沙耶香は怖いものなど何もないかのようにその校門へ歩を進めた
3人のうちのひとり、おばさんパーマの少女が沙耶香の姿を目に止める。
「あずさ、あれ!」
その声に促され、沙耶香の方に目を向けたワンレンのあずさが、
ちっと小さく舌打ちをして顔をしかめる。
かまわずに校門をすり抜けようした沙耶香に、横から声がかかった。
「吉月さーん」
突然名前を呼ばれた意外さに、沙耶香は思わず足を止めた。
「あんた有名なんだねー。1年の子に聞いたらすぐわかったよ」
あずさが沙耶香を見下ろすようにそう言った。
「昨日にあんなに言ったのにねー。ちょっとこっち来てくれるー?」
ウェーブのかかったボリュームある頭の少女が沙耶香に言った。
沙耶香が、一昔前の不良少女役のタレントを思い出したあの少女である。
猫をかぶったような口調が不気味に感じられる。
「はーい。ってことだから、絵里菜、先に行っててくれる?」
沙耶香はまだ物怖じしない様子で、明るく絵里菜に告げた。
心配そうに沙耶香を見つめる絵里菜の背中を押すようにして
彼女を先に行かせ、沙耶香は素直に先輩達の後についていった。
校舎の裏手、体育倉庫は鍵がかかっておらず、あずさが扉を開けて
沙耶香を中に押しこんだ。後に続いて3人も入ってくる。
「ちょっとー、なんですかー?私別になんにもしてないんですけどー」
薄暗い倉庫の中は独特の湿った匂いがする。
「その髪染めてこいって言っただろ?」
手を伸ばして沙耶香の髪をつかもうとするあずさの手を、今度はかわして
沙耶香は答えた。
「昨日は先輩たち怖くて言えなかったんですけどー、これ地毛なんですー。
おばあちゃんがイギ…ぐっ」
鈍い音がして、沙耶香がうずくまる。沙耶香の細いすねにあずさのつま先が
飛んだのだ。
「へー、そうなんだー。でも目障りだから、黒くしろって言ってんだよ!」
再び、今度は頭を足の裏で蹴飛ばされて沙耶香はコンクリートの床に転げた。
「いてーなこの野郎!!」
自分でもびっくりするような汚い言葉が口から飛び出す。まともなケンカなど
したことがないが、運動神経には自信がある。3人を打ちのめすことは無理でも
誰か一人を突き倒したすきに逃げるくらいなら簡単だろうと思った。
しかし、振り上げた手はあっさりと宙で止まった。手首がきつく握り締められる。
その手をつかんでいるおばさんパーマの少女の膝が、沙耶香のわき腹に突き刺さった。
苦しさと痛みで涙がこみあげ、視界がくもる。
沙耶香は声も出せず、がっくりとうなだれた。
「おいおい洋子、気絶しちゃったんじゃないのー?」
「大丈夫だって。なんか動いてるから」
洋子はつかんでいた沙耶香の腕をぐいぐいと動かして、沙耶香の意識があるのを
確認した。
「ねー、明日には染めてくるんだろうねー?」
あずさが沙耶香の顔をのぞきこむ。沙耶香は、何かがつまったように苦しい喉から
吐息のような声を出し、かっくりとうなづいた。
「わかんないって。これくらいじゃあさー」
倉庫の奥で何かごそごそとしていたボリュームのある頭の少女が、
細いロープのような物を手にして戻ってきた。
「美紀子、何やって…んー?それでどうすんの?」
あずさが目を丸くする。美紀子はロープをひょいと掲げて答えた。
「カ・ン・キ・ン」
「じゃ、おとなしくしてなよ。うちら真面目におベンキョーしてくるから」
意地の悪い笑いを浮かべてあずさが言った。沙耶香の両手は後ろ手に結び合わされ、
余ったロープの先が柱に結わえつけられている。
「ね、これほどけないかなー?」
洋子が、沙耶香と柱との間のロープをびんびんとはじいた。
「私だって人縛ったりしたことないからねー。しかも
頑張ったら切れそうだね…」
あずさもロープを確かめるように両手で引っ張ってみる。
「だったらさ、ほどけても逃げられないようにしとけば?」
美紀子が沙耶香の短いスカートをめくり上げた。
他の2人が、それだ!という顔をした。美紀子はためらいもせずに、
沙耶香の脇にあるスカートのフックを外し、ファスナーを下ろした。
沙耶香は必死に抵抗するが、両手を使えない状態ではかなわない。
簡単にスカートは引き剥がされ、白い下着とそこからのびるむっちりとした
太ももがあらわになった。沙耶香は思わずしゃがみこむ。
「これでいいかな。誰か呼んで助けてもらってもいいんだよ?」
美紀子が、最後にぴしゃりと沙耶香の顔を軽くはたいて3人は出口に向かった。
「男来るかもしれないけどねー」
笑い声と共に、扉が閉まって倉庫の中はいっそう暗くなった。
沙耶香は、とりあえずロープを思いっきり引っ張ってみた。
これが切れたら顔から床に突っ込むというくらいの勢いで、体重をかけて
ロープを切ろうとする。手首にロープが食い込む。柱とロープがぎりぎりと
音を立てた。
(だめだ…)
ロープが切れる前に自分の手首がちぎれてしまいそうだ。手首同士はぎっちりと
合わせられて手先はほとんど動かせず、ロープを解くことも無理なようだった。
(誰か…女の人こないかな…)
沙耶香はぺたんと床に座り、窮屈な格好のまま自分が縛りつけられた柱に寄りかかった。
膝蹴りを入れられたわき腹が、ずきずきと脈打つ回数を数えてみる。
いーち、にーい、と数を数えてみる。1000にいかないうち、馬鹿らしくて
やめる。
暗闇の中では時間の経過すらわからない。まだ数十分だろうか。
それとも、もう2時間目くらいは終わってるのだろうか。
はあとため息をつき、いっそ誰か来るまで居眠りでもしようかと考えていたとき、
外ががやがやと騒がしくなった。誰か来る。
げらげらと甲高い笑い声やぼそぼそという話し声。どうやら男子のようだ。
沙耶香は、闇になれた目で辺りを見まわした。サッカーボールが積めこまれた
カゴが目に入る。ロープは若干の余裕があり、1メートルくらいは移動できる。
沙耶香はとっさにその陰に身を隠した。
声がひときわ近づくと、ガラガラと扉が開かれた。まぶしい光がさしこみ
少しだけ風がふく。それは汗ばんだ体に心地よくもあり、また寒気を起こさせる
ものでもあった。4~5人の男子が中に入ってくるのをカゴの陰からのぞいた。
(あ、サッカーだったらヤバイな)
そんな心配もすぐに解消され、男子たちは入り口付近からハードルを持ち出すと
すぐに扉を閉めて出ていった。ふぅと軽く息をつく。
(助けてもらえばよかったかな…でも、これだし…)
小さな下着だけの下半身を見下ろし、沙耶香はもう一度ため息をついた。
(あー、誰か来てよー。暗いよ。退屈だよー。しかもなんかトイレ行きたいしー…。
誰かー…)
もじもじと足を動かす。あの3人はいつになったら戻ってくるのだろうか。
監禁というくらいだし沙耶香を懲らしめようとしているのだから、それほど
早く来るとは思えない。
(昼休みかな。それとも放課後…)
今が何時間目だかわからないが、どちらにしてもかなり後のことのように思えた。
(あー、それまで我慢できるかな…)
次に誰か来たら男子でも助けてもらおうか。パンツ見られるよりおしっこ漏らしたほうが
恥ずかしいに決まってる。そうだ、そうしよう。
それから数十分。ハードルをしまいに来た男子生徒たちの声に、沙耶香は
扉が開く寸前に身を隠した。
(やっぱ恥ずかしいよー…)
さきほどの男子生徒たちがいなくなってから30分くらい経っただろうか。
暗闇と静寂、そして重くよどんだ空気に、なんだか気分が悪くなる。
そして限界が迫ってきた尿意。沙耶香は黙っていられず、立ち上がって
狭い範囲をうろうろと歩きまわっていた。ときおり、たまらなくなって
しゃがみこむ。その体勢でもすぐにだめになり、また立ちあがってうろうろと
さまよう。今になって、足は縛られなくてよかったと思った。
(あー…ヤバイー…どうしよ・・誰も見てないししちゃおっかな…
でもパンツ脱げないし…)
後ろに縛られた不自由な手で、なんとか下着を下ろそうとしてみる。
後ろのゴムに手がかかるが、その手はそれ以上下がらない。くねくねと
体を動かしてみたり足を股まで持ってこようとしても、全て無駄だった。
ぴかぴかのローファーのつま先で地面をなぞる。かかとで壁をけり付ける。
ぴょんぴょんと小さく跳ねてみる。下着の中で力をこめた部分が、熱く
なってきたような感じがする。いろんな動作を繰り返しているうちに、
とうとう沙耶香の力を超えるほどの波が押し寄せた。
「あぁっ…」
沙耶香は脚をきつく閉じたまましゃがみこんだ。押し寄せる波に屈服しそうになる。
びくびくと尿道が震え、溢れ出してしまいそうなものを必死で押さえこむ。
全身に力をこめて、なんとか波が引くまで我慢することができた。
(あー…ちょっと出ちゃったかも…)
じっとりと湿ったショーツは、汗なのか尿なのかわからない。
また立ち上がった膝の裏が、お漏らししてしまったのではと錯覚するほど
びしょびしょだ。
立ったりしゃがんだり、何も考えられずにばたばたと暴れている時、
突然大きな音を立てて扉が開いた。反射的に、倒れこむようにサッカーボールの
カゴの陰に飛びこんだ。床に打った体が痛んだが、できるだけ音を立てないように
息を潜めた。それでも尿意はおさまらず、芋虫のようにうねうねと体を
くねらせた。
「あはは。なんか隠れてるー」
入り口の方から聞こえたのは、聞き覚えのある声だった。
とっさにカゴの陰から立ちあがり、大きな声をあげた。
「ちょっと!これほどいてよ!」
入り口からさしこむ光に細めた目に、3人のシルエットが浮かぶ。
太ももを合わせ、前かがみで体を揺らしながら、3人に訴える。
「ねえ、これほどいてってば!」
できるだけ気丈に叫ぶが、なさけないしぐさと一緒では全く迫力がない。
その沙耶香の姿にぴんときた表情で、あずさが口を開いた。
「そっかー。何時間も閉じ込められてたらそうなるよねー」
他の2人も心得たように笑みを浮かべる。
「どうしよっか?」
洋子が二人の顔を眺めながら、沙耶香に近づいてきた。
「この辺やばいんじゃないのー?」
洋子は脚を上げて、足の裏で沙耶香の下腹部を軽く押すようにした。
「や…」
それだけでも沙耶香は力なくうしろによろめいた。
わずかな力でも沙耶香の膀胱は悲鳴を上げる。
「お願い…お願いだから…」
沙耶香は震える声で、嘆願するように言った。たまらずにその場にしゃがみこむ。
「なんかちょっとは素直になってきたねー」
美紀子が沙耶香の目の前に立ちはだかり、お腹を踏み付けた。
それほど体重はかけられないものの、沙耶香のお腹は少しの刺激でも
敏感に感じ取る。
「や…やめて…やめてください…」
バタバタと脚で床を叩き、体をくねらせる。
「別にほどいてやってもいいけどさー」
二人の後ろからあずさが声をかけた。思わぬ言葉に、沙耶香は
顔をあずさの方に向けた。
「でも、今昼休みなんだよね。グラウンドでけっこう男子とか
遊んでるけどー。そのカッコでトイレ行く?」
3人があざけるような含み笑いを漏らした。
「そんな…」
「ほどいてあげるからさー、そのカッコでグラウンド走りまわってよ」
あずさの言葉に、他の2人が笑う。
「スカート…返して…」
沙耶香の言葉に、あずさは「どこやった?」という表情で2人の顔を見、
2人は、「さあ?」という風に肩をすくめる。
「お願い…助けて…」
沙耶香は涙ぐんだ目で3人を見上げる。沙耶香の中では、表面張力によって
コップのふちより盛りあがった水のような状態まで尿意が高まっていた。
もうだめだ。背に腹は代えられない。
「このカッコでもいいから…ほどいてください…」
蚊の鳴くような声で訴える。
「おー、あんたやらしいねー。そんなカッコで外出るんだ?」
あずさがしゃがみこんで下から沙耶香の顔をのぞきこむ。
「お願い…早く、早く…」
表面張力の働いたコップが、右へ左へゆらゆらと揺れる。
水面が波立ち、ふちからほんの少しだけ水がこぼれる。温かい水が。
一瞬顔をこわばらせた沙耶香をにやにやと見つめながら、あずさが
言った。
「じゃあねー、パンツも脱いだらほどいてやるよ?」
「そ、そんな…」
泣きそうになって沙耶香はあずさを見つめた。
どうする?といった風にあずさも見つめ返す。沙耶香は目をそらしてうつむいた。
「だめかー。面白いと思ったんだけどなー」
あずさが立ち上がった。
「じゃ、もう少しそのままでいなよ」
「一回漏らしちゃえば素直になるんじゃないー?」
「でも漏らしたらそいつのロープほどくのやだー」
口々に言ってははははと笑い声を上げながら、3人は
倉庫を出ていった。
数分、必死に苦闘しながら体をうごめかす。
まもなく、こらえきれないほどの波が沙耶香を襲った
(ああぁ・・だめ…!)
ぺたんと床にへたり込み、正座のような体勢で体を前に倒す。
限界を感じた沙耶香はそのまま一瞬あきらめかけたが、体の中の
コップが倒れてしまう寸前、反射的に体勢を変えた。
脚を開いてしゃがむ。和式トイレの体勢だ。
とっさに、服や体を汚さないように慣れた体勢をとったのだ。
その瞬間、光がさした。なにが起こったのかすぐにはわからなかった
沙耶香のショーツに、じわっとあたたかい染みが広がった。
そして、起こったことを理解する。光は倉庫の入り口からだった。
しかし、さっきまでのように少しでは止まらない。死に物狂いで力をこめる。
なんだかためらうように、ぴゅっぴゅっと勢いを強めたり弱めたりしながら、
小さな音を立てておしっこが床に滴った。
「サヤ…!!??どうしたの!?」
聞きなれた声。逆光のシルエットを沙耶香は見上げることができなかった。
しかし、事を理解した瞬間からわかっていた声の持ち主。
5時間目、自分のクラスが体育だったことも合わせて思い出す。
「来ないで!ダメーー!!!」
うつむいたままで思いきり叫ぶ。
今や沙耶香のおしっこは、少しの抵抗も受けずにちょろちょろと溢れ出していた。
あんなに我慢していたのにどうしてというほどに、弱い勢いで流れ出す尿。
沙耶香に駆け寄ろうとした絵里菜が、沙耶香の様子に気付いて足を止めた。
後ろにいた数人の生徒も、絵里菜の横に出てその光景に気付く。
「沙耶香…やだ、なんで…」
「え…何…おしっこ…?」
辺りをはばかるような小さな声がいくつかあがる。
まだ止まらずに、水溜りの上に降り注いでいる尿。そのしぶきと沙耶香の
鮮やかな髪が、入り口からさしこむ光にきらきらと光った。
その髪の色が招いた悲劇。自分の髪を引きちぎりたい衝動がロープにはばまれる。
うつむいた顔の横に垂れた髪が光る。きれいに。鮮やかに。
憧れの都会のように。
桜も祝福してくれた、夢に見たこれからの新しい生活のように、きらきらと。
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まとめ【体育倉庫に監禁されて】
心地よい山桜の香りをのせて、春の風がふいた。 なびく長い髪は、グレーがかったうす茶色だ。 新しいセー